【経験談】赤ちゃんのストロー飲みの練習にスパウトマグは必要なのか?

今回は、「赤ちゃんのストロー飲みの練習にスパウトマグは必要なのか?」という疑問について、私の経験と考えを書いていきます。

結論を先に書きますと、我が子は2人ともスパウトマグは使わずにストロー飲みをできるようになりました

私のように、

  • 子供にはなるべく自然にいろいろなことをできるようになってもらいたい
  • あまり小道具を増やしたくない

と考えている方は、ぜひ参考にしてみてください。

そもそもスパウトマグとは?

よく育児書や育児情報誌などに、

「生後5~6ヶ月の離乳食が始まる時期ぐらいからスパウトマグを使ってストロー飲みの準備をさせるとよい」

と書かれています。

そもそもスパウトマグとは、容器を傾けるだけで中身が出てくる、飲み口のついたマグのことです。

こんな感じ。

傾けるだけで中身が出てくるため吸う必要はありません

あくまでもおっぱい以外のものに口を慣らして、おっぱい以外のものを飲む練習をするためのものです。

赤ちゃんのストロー飲みの練習にスパウトマグは必要か?

私は、赤ちゃんのストロー飲みの練習にスパウトマグは必要ではないと思っています。

こう書くとちょっと語弊があるかもしれませんね。

使ってもいいものだし、使わなくてもいいものだということです。どちらでもいいということです。

使う期間はせいぜい2~3ヶ月

そんな短期間のためにあまり物を増やしたくありません。

それに、練習なんかしなくたって、いつか必ずストローで飲めるようになります

練習をしてもしなくても、子供の性格や発達状況などで上達が早かったり遅かったりするので、スパウトマグは必須だとは思わないのです。

我が子たちの例

一例として、2人の我が子の話をします。

我が子たちは2人ともスパウトマグを使わずにストロー飲みをできるようになりました

長女は神経質で怖がりな性格なのもあって、生後6か月頃にストローマグを使い始めてからちゃんと飲めるようになるまでに2か月くらいかかりましたが、おそらくスパウトマグを使ったとしても、そんなに変わらなかったのではないかと思います。

いかんせん、口に異物が入るのを極端に嫌う子供だったので…。

哺乳瓶の乳首も大泣きして拒否です。

生まれたばかりの病院にいるときにしか哺乳瓶を使えたことはありません。

一方、次女は生後5か月でストロー飲みをできるようになりました

こぼしながらでも自分で吸って飲めるようになるのに数日しかかかりませんでした。

生後7か月頃にはほとんどこぼさないで飲めるようになりました。

次女は物怖じせず、何でもトライしてみる性格なので、練習といった練習はしていません。

テーブルの上にマグを置いておいたら、自分で勝手に飲み始めたという感じです。

よって、スパウトマグは絶対に買わなくてはいけないものではないと思うのです。

特に初めての子供だと、育児書に書いてあるものを何でも買ってしまいがちだと思いますが、意外となくても全然いけます

子供たちの適応能力ってすごいんですよ。

その能力を潰したくなくて、私はあまり育児グッズを買っていません。

余談ですが、長女のトイトレのおまるも買っていません。

「子供のトイレ=おまる」のイメージは頭に浮かぶのですがね…。

スパウトマグはいらないけどストローマグは必須!

スパウトマグは必須ではないですが、ストローマグは必須です。

なぜなら、コップから直飲みするのは結構高度な技が必要だからです。

唇の力姿勢を保つ筋力コップの角度

私たちは単純にやっていますが、小さな子供にとってこれらをいい塩梅でやるのは結構難しいです。

1歳頃になればだいぶできるようになりますが、それまでは他の方法で飲まなければいけません。

いつまでも哺乳瓶のミルクやおっぱいを飲むわけにいかないので、ストローマグが必要です。

おすすめのストローマグ

私の子供たちが使ったのは、リッチェルのストローマグです。

ふたを押すとストローから中身が出るので、まだ上手に吸えなくても水分を口に含ませることができます。

「ここから飲み物が出てくるよ~」と知らせられるのはいいですよね。

弱い力でも吸えるみたいで、怖がりな長女でも何度かトライしているうちに上手に吸えるようになりました。

保育園の0歳児クラスではストローマグでミルクをあげることが多いと思うので、入園前のお子さんはストローマグに慣れておくといいかもしれません

用意するならスパウトマグではなく、ストローマグですね。

まとめ:スパウトマグは必須ではない

スパウトマグを使っても使わなくても、やがて上手にストロー飲みができるようになります。

よってスパウトマグは必須ではありません。

使わないのもよし、試しに使ってみるのもよし。

ただ、いるかいらないかで言えば、私は“いらない”と経験上思うのでした。