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小3の長女は漢字を全く覚えられない

小3の長女が全然漢字を覚えられない。毎日漢字の宿題を出されてやってはいる。ノートに同じ漢字を何個も何個も書いている。だけど全然覚えられない。

書き順も、字の形も、単語の意味もわかっていない

書き順もめちゃくちゃだけど、そもそも字の形すら覚えていない。単語の意味もわかっていない。だから「ちゃくもく」を「中木」なんて書いている。私、「目を着ける、という意味だよ」と教えたんだけどな。目を着ける、がどんな意味なのかも。

彼女が理解しやすいように、思い出しやすいように、彼女自身や好きなYouTuberに絡めて説明したんだけど、全然思い出してくれない。忘れている。というか覚えていない。

休み返上で、付きっ切りで教えてもダメ。暖簾に腕押し、豆腐に釘。心が折れてしまった。泣けてきた。

私の遺伝子は受け継がれていない

どうしてあんなに覚えられないんだろう。私が小学生のときなんて、一回見て書けばすぐに覚えたものだけど。まあ私が少し特殊だったのはあるかもしれないが。

中学受験のための塾で毎回漢字テストをやっていたのだが、慶應に行った子達よりも漢字テストの成績は良くて、表彰されるレベルだったのだ。内容は学校のテストみたいにただ単語の読み書きをするような単純なものではなくて、四字熟語とか、ことわざとか、そういうところから出されていた。幅広い知識が求められるテストだった。

当時も学校で漢字の宿題は出されていた。何個も書かされた。だけど私は授業中にすべて覚えていたので、宿題はただの作業でしかなかった。だから漢字を勉強したことはこの人生で一度もない。

長女を見ていると、なぜ私の子供なのにできないんだ、と思ってしまう。遺伝とは何なのだろう。私の地頭が全く受け継がれていない。父親の血のせいか?でも父親だって勉強ができないわけではないと思うぞ。

でも、嘆いても仕方がない。長女に合わせて動くしかない。それはわかっている。わかっているのだけど、「理解できない」というのが先に来てしまうし、得体が知れないから嫌悪感みたいなものも出てきてしまう。実の子供に。

果たして漢字は必ず覚えなければいけないものなのか

大人になってから漢字の読めない、書けない人をたくさん見た。私はその度に「えっ」と引いてしまっている。読めて書けて当たり前のことをできないのだから。嘘だろ?と思う。

確かに私は漢字の覚えがよかった。だけど特別すごく漢字を知っているとは思っていない。私にできたことは、みんなできているとどこかで思っているからだ。謙虚なのか何なのかわからないけれど。

今はスマホやPCでちゃちゃっと調べられてしまうから、読めなくても書けなくても問題にはならないのかもしれない。困るシーンは昔に比べて少ないのかもしれない。

そう思うと、そこまで私が鬼になって教える必要はないし、子供も泣きながらやる必要はないのかなとは思う。

だけど。だけど。

漢字は「攻略する」ための教育なのか

学校から「70点以上取らないと再試です」と言われている以上、どうにかしてでも漢字を覚えなきゃいけないと思う。自分のためにというより、点数のために。

「その点数を取るためには何をしなければいけないのか、どうしなければいけないのか考えなさい」という漢字を使った教育を、学校はしてくれているような気がしてきた。

確かにそれも大事なことだ。生きている以上、試練はいくつもやってくる。それをひとつひとつ潰していって前へ進むのだから、小学生のうちからそれの練習をするのは良いことだと思う。

とは言え、やはり漢字の読み書きぐらいはできていてくれと思ってしまう。日本に生まれ、日本で育った以上。数学の難しい問題は解けなくてもいいからさ。

小学生の子育てがこんなにハードだなんて思いもしなかった

さあ、おそらく長女は再試だ。おそらく、ではない、確実に。

これから私はどうやって長女の漢字に関わっていこう。本人に任せたい、ただ毎日を楽しく過ごさせたい。そう思うと同時に、漢字の読み書きができないまま大きくなったらこの子の将来はどうなってしまうんだろう、という焦りや不安に苛まれる。頭が痛い。

まさか自分の子供がこんなに勉強ができないだなんて、産まれたときは思いもしなかった。私の子だからデフォルトで勉強ができるものだと思っていた。

小学生の子育てがこんなにハードだなんて。大学生になっても悩みが尽きなさそうである。そもそも大学行けるのか?これ。