【節約】誰でもできる、お金がかからない東京観光

2019年9月某日、私の誕生日。

この日は有休を取り、子供を保育園に預けてひとりで東京観光に出かけた。

誤解のないように断っておくが、子供の通う保育園は、親の仕事が休みでも用事があれば預けて良いことになっている。

1年に1回ぐらいこんな日があっても許されるだろう。

そう信じて東京へ向かった。

今回の旅のテーマは「金がかからない東京観光」だ。

観光するときにも貧乏性が現れるとは、もはや病的だ。

しかし、節約以外の思惑があってのテーマだ。

それについては最後に書くことにする。

今回の旅では、どの駅を利用したいかだけを決めておき、あとは無鉄砲に歩き回った。

旅の始まりは上野駅。

東京メトロ・都営地下鉄のフリーパス(大人900円)を購入して出発だ。

当初は上野→三ノ輪→浅草→押上(スカイツリー)→日本橋→銀座のコースを考えていたのだが、初っ端から乗る電車を間違えたため、浅草から回ることになった。

今日はそんな、行き当たりばったりな安上がり東京観光の内容をお伝えしたい。

これを読めば、ガイドブックやキュレーションサイトには載っていない東京の楽しみ方を知れるだろう。(小声)

※2019年の出来事のため、コロナ禍以前の内容となる。

金がかからない東京観光・・・各地域の楽しみ方

金をかけずに東京観光を楽しむヒントを載せる。

浅草、三ノ輪、上野、日本橋、銀座に分けて書いていく。

浅草・・・小汚い店こそ名店?下町情緒溢れる街

浅草は午前10時の時点で既に人だかりだ。

最も賑わう浅草寺を避け、細い路地を練り歩いた。

外観の小汚い釜めし屋や蕎麦屋が目に飛び込んだ。

まだまだ昼に差し掛かってもいないのに、店の外観を見ただけで小腹が空いてしまった。

どうして古びた店の食事はおいしそうに思えるのだろう。

年季の入った店ということは、長い間みんなに愛され続けてきた店ということだ。

よく考えたら、おいしくないはずがない。

そんな小汚い店の傍らで、真新しいスターバックスやタピオカ屋も散見された。

これには地域差がなさすぎて面白くないと思った。

若者や外国人に向けてかおしゃれな外観だったが、少しも惹かれなかった。

なぜならここは下町・浅草だからだ。

浅草に洗練は求めていない。

いつか古びた店は淘汰され、すべて新しい店に変わってしまうのだろうか。

諸行無常とはこういうことを言うのだろうか。

小汚い店とおしゃれな店を眺めて、そんなことを思った。

浅草新仲見世商店街には豆柴カフェがあり、大変賑わっていた。

豆柴カフェの近くの靴屋では、店外にも靴をずらりと並べて、店主がせっせとほこりを叩いていた。

店に立ち寄ってみると、店員が「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。

それが最近ではなかなか体験のできないぶっきら棒な「いらっしゃいませ」だ。

かえって新鮮で良かった。

これも下町情緒か、と少し温かい気持ちになった。

地元でそんな接客を受けたら気分が悪くなるだろうに。

こんな風に下町情緒や風情を感じるのも、浅草の楽しみ方のひとつだろう。

三ノ輪・・・歴史的ディープスポット オトナのロマンが溢れる街

本日のメインと言っても過言ではない三ノ輪。

ここはかつて吉原遊廓のあった場所だ。

現在は、過酷な生活を強いられた遊女たちには皮肉なことに、日本最大級のソープランド街となっている。

そんな三ノ輪だが、私は2018年頃から遊廓や遊女の歴史に興味を持ち、ずっと行きたいと思っていた。

誕生日に念願が叶ったというわけだ。

ありがとう、保育園。ありがとう、有休。

遊廓があった頃、ここは吉原の入り口だった。

現在も交差点として吉原大門の名を残している。

入り口から道がカーブしていくのは、遊廓の中が外界から見えないようにするためだったらしい。

一応、風紀を気にしていたようだ。

「吉原大門」の道路を挟んだ向かいには「見返り柳」がある。

遊廓で楽しいひと時を過ごし帰っていく客が、この柳の木のあたりから遊廓を振り返って見ていたことから、見返り柳という名前がついたらしい。

かつては違う場所に植わっていたのだが、時の流れと共に移動して、現在はガソリンスタンドの前に佇んでいる。

ここからは臨場感がえげつないスカイツリーも見物できる。

写真に収められず、残念だ。

吉原大門をくぐり抜けて大通りから路地へ進んでいくと、ディープな建物を楽しめる。

古風な名前の旅館はいかにも「昔は連れ込み宿でした」と言わんばかりの出で立ちだ。

怪しい字体と色を使われたホテルの看板からは、アダルトな香りがぷんぷんする。

レトロな風俗文化に興味のある人はぜひ散策してみてほしい。

なお、現在「吉原」と呼ばれているソープランド街は、吉原大門交差点の見返り柳が植わっている方面にある。

次回散策したら、またレポートしたい。

今回は時間的に通称“投げ込み寺”の浄閑寺には行けなかった。

この寺は、遊廓で亡くなった身寄りのない遊女たちが葬られた寺だ。

遊廓や遊女の歴史に興味があると言うならば、必ずや訪れなければならない。

男のロマンがある所には悲しい物語が付き物だが、皮肉なことに、私はそこにロマンを感じてしまう。

ロマンと言うと不謹慎な気もするが、それ以外の良い表現が見つからない。申し訳ない。

上野・・・東京食べ歩きの定番 東京屈指の観光地

上野と言えばやはりアメ横だ。

気軽に立ち寄れる飲食店が星の数ほどある。

グルメな女に行かない選択肢はない。

昼食はここで摂ることに決めた。

今回は、陽気な兄ちゃんにつられて、ケバブ屋でケバブライス(600円)とトルコビール(500円・瓶)を頂いた。

一応、子供を保育園に預けて出てきている身のため、ビールは1瓶で我慢した。

正直割高だ。観光地価格だ。

だが、それでもいい。

普段なかなか話す機会のないトルコ人(?)の兄ちゃんと会話をしたり、通りを行き交う観光客を眺めたりしながら飲み食いするのは実に楽しいからだ。

観光地に来たというワクワク感があるのだ。

楽しいだけでなく、ケバブライスもビールもちゃんとおいしかった。

ビールは、アサヒスーパードライが好きな人の口には合うのではないかと思う。

ちなみに、このトルコビール「エフェス」はAmazonで1本あたり300円くらいで売られている。やはり外食は高い。

日本橋・・・日本のセレブが楽しむ街 おしゃカフェ・レストラン

初めて訪れた日本橋。

想像を絶するセレブな街並みにめまいがした。

駅からして立派過ぎだ。

立派過ぎて地上への出方が見当もつかなかった。

日本橋駅にどれくらいの時間を費やしただろう。

やっとの思いで地上へ這い出ると、おしゃれなカフェやレストランがずらりと並んでいた。

圧倒されて思わず「すげぇ…」という心の声を漏らしてしまった。

テラス席でティータイムを楽しんでいる女性客は、セレブなオーラをまとっていた。

日本橋という街の質感は、非常に上品で洗練されている。

本物のセレブが集う場所だと感じた。

頑張って貯めた金を叩く場所ではないのだ。

だからなのか、外国人観光客はほとんど目立たかなかった。

自分はあまりにも場違いな気がして、落ち着かなくて、ただただおしゃカフェやレストランを遠くから眺めることしかできなかった。

しかし、それでも満足した。

訪れたのは夕方だったが、店の明かりが街全体をより一層きらびやかにして、あまりの美しさに心を揺さぶられた。

銀座・・・外国人観光客も集うセレブの街 外国人になりきるのもアリ

椎名林檎氏のファンが「銀座」と聞けば、必ず脳内再生されるであろうこの曲と映像。

例に漏れず、私の脳内でもしっかり再生された。

銀座は有名ハイブランド店の集結地。あからさまなセレブの街だ。

見るものすべてがきらびやかで、貧乏性のカッペには眩しい。

銀座で入れそうだと思った店は、ユニクロとGUとサンドラッグぐらいだ。

しかし、それらの店も銀座仕様の店構えで、庶民は威圧感を覚えざるを得ない。

これがユニクロだ。信じられるだろうか。

この項冒頭のYouTube動画に出てくるGINZA SIXという新しい商業施設には、勇気を出して入ってみた。

怖々と店内に進んでいく。

この時ばかりは人の目が気になった。

なぜなら、Tシャツ、ジーンズ、リュックサックにスニーカーという装いだったからだ。

とてもハイブランド店に溶け込むような服装ではない。

ふと周りを見渡すと、アジア系の観光客がちょうど私と同じような格好をしているのが目に留まった。

それからは、アジア系観光客を装って徘徊した。

よく考えてみれば、私も「アジア系観光客」で間違いないのだが。

一応1階から5階くらいまで、そわそわしながら上がってみた。

しかし結局、恐れ多すぎてひとつの店にも入れなかった。

ファッションにもう少し気を遣って出てくればよかったと後悔した。

そこは地元の百貨店と同列に考えてはいけない場所だった。

銀座の街自体は外国人観光客が多いため、外国人になりきれば軽装でも歩き回れる。

ただし店に入りたい場合は、ドレスコードを考えた上で行くのが無難だろう。

金を使わないからこそ得られる楽しさ・・・金をかけない旅をする思惑とは

今回の東京観光にかかった金額は、東京メトロ・都営地下鉄のフリーパスと上野での飲食代の2100円だ。

自宅から上野までの交通費を含めても4000円いかないくらいだ。

もちろん、どこに行って何をする、何を食べるという金がかかる旅も楽しい。

金を払わないと体験できないこともたくさんある。

しかし、金をかけずとも旅を楽しめるのもまた事実だ。

私は金をかけずに暮らすことが好きなため、今回のように、あまり金をかけずに旅をした。

それでもこの旅で得たものは多い。

気の向くままに、誘われるままに知らない土地を練り歩く。

地図など不要だ。

そこで見つけたものや、店、人、情景などからたくさんの刺激を受ける。

刺激は記憶に残りやすい。

だからその土地のことを細かいところまで鮮明に記憶できるのだ。

その記憶は、物事の見方さえ変える。

例えば、新宿の歌舞伎町に訪れたとしよう。

何の目的も持たずに来た。

目に飛び込んできたのはホストのキャッチや酔いどれサラリーマンと風俗嬢、転がった酒の空き缶、地面に張り付くタバコの吸い殻、地べたに横たわる若者、奇抜な髪色の男、神出鬼没の南アジア系外国人だ。

これらは刺激だ。だからよく覚えている。

その覚えていることの中から、「なぜ」が生まれる。

なぜ歌舞伎町に水商売の店が多いのか、なぜ南アジア系外国人が増えたのかなどだ。

「なぜ」があると頭を使う。

「なぜ」に対して出てきた答えにまた「なぜ」が生まれ、次から次へと考えること、調べることが出てくる。

こうしていつの間にか、幅広い視野を持つことになる。

自力で楽しさを見出す旅は、私の知見を確実に広め、深めるのだ。

これが金をかけない旅の楽しさであり、私の金をかけない旅をすることの思惑だ。

かく言う私はまだまだ生熟れだ。

だからもっとあちこちに足を延ばす必要がある。